家内は田舎の出ということもあり、花を絶やさぬよう墓に供える。
夏はすぐしおれてしまうので造花だが、他の季節は全て生花だ。
ずっと造花にすりゃいいじゃないかと言うと、それはダメだと言う。
都会の人は墓が遠いから、墓参りをすることはかなり少なくなってきているだろう。
今東京都内に墓を建てるというのは、都内にマンションを買うことと同じだろう。
よほどの大金持ちか、よほどの有名人でないと、都内に普通の新墓は立てられない。
第一、石の墓を新たに建てることが、今では当たり前ではなくなってきた。
ふつうの墓でも、坊主・石材屋・霊園が欲張って金を取るからかなりの高額になる。
墓を維持するのも大変で、手間も金もかかるから、コスパは全然合わない。
だいたい、今死に近い人の中に、死後に石の墓に入りたいという人が減っている。
石原慎太郎のように海の好きな人は、粉骨を海に撒いてくれと望んだりする。
土に還るとしても、墓石の下ではなく、樹木葬の方がいいと言う人も多い。
田舎の墓には、〇〇家の墓というように、先祖代々引き継ぐ墓が多い。
そうなら、新たに墓を建てる必要がなく、自分が死ねば名前が刻まれるだけだ。
墓参りで一対の花をお供えすれば、親ばかりでなく、先祖代々の供養ができる。
家内は、母親が先祖代々の墓に通い、掃除したり花をお供えする姿を見てきた。
だから、皆がそうするものだと自然に思い、自からそうしているに違いない。
ぼくは故郷のない長男だから、新たに墓を建てたが、律儀には参らない。
お彼岸の日に、又は日常的に墓参りをすることは、日本人の美しい風習だと思う。
そうすることでご先祖に思いを馳せ、同時に自分の来し方を振り返ることができる。
特に田舎では、墓参りをして花を供えることは、代々の家を守ることでもある。
今、墓じまいが増えているが、放置された無縁墓も増えている。
家から遠い墓を廃して、近くのマンションのような納骨堂に引っ越す場合も多い。
無縁墓はずっと放置された墓だから、最終的にはクレーンで墓石を撤去される。
墓がどうなろうと、それぞれの家や子孫の事情や考えがあるんだから仕方ない。
でも、墓が無くなってしまうと、墓参りをして先祖を偲ぶことも無くなり易い。
墓が無くても先祖を偲ぶことはできるが、やはりその頻度が減ることは否めない。
結局、親族・家族がどんどん解体されてバラバラの個人になっちゃってるんだな。
更に自分のDNAを作った両親・祖父母・ご先祖様との関係も、切れてきてるんだな。
世の中の変化だから仕方ないが、意外にこのことが少子化・人口減の大きな要因か?
墓前に花を供え、手を合わせる…これが無くなると日本人の心も無くなる気がする。

