売れっ子作家の東野圭吾さんが亡くなった。彼の小節を読んだことはないんだけど。
68歳だったという。男は人生80の時代だから、早いな。
やっぱりプロの作家生活は、漫画家と同じで不健康だったか?命を削った。
彼の言葉の中で、ちょっと気になったものがあった。
ぼくも近頃、同じようなことを思っていたからだ。
それは、
「人間は、変化したほうがドラマチックです。そうやって肩の力を抜いて、どんどん変化して生きていきましょう」だ。
人間は思っている以上に保守的な動物だ。歳を取ると尚そうだ。
自分の考え方、流儀、生活習慣、好み、趣味、交友等がみな固まってしまう。
その結果、昨日とほとんど変わらない今日を過ごし、明日もまた同じになる。
歳を取ったら、それでいいのかもしれない。
若者のように、いろんな可能性に満ちた未来があるわけじゃないからね。
でも、残された人生の中で、今まで見たこともなかった景色も見てみたい。
元来怠け者で、何かに一生懸命取り組んできたわけじゃない。
それだけに、人様に自慢できるような成果も果実も何一つない。
それでも死ぬ前に、何かひとつ花を咲かせてみたいという願いも少しはある。
花が咲かなくても、今までに経験したことがなかったことを経験してみたい。
能力・体力・精神力は全く足りないが、それでも自分もできることがあるのでは?
そのためには、彼の言う”変化”がヒントになる。がんばるのではなく、変化だ。
彼は、こうも言っていた。
「いくらでも意見は変えていいんです。全然構わないですよ…」
「日本人は、一度自分が持った考えや意見を変えることに罪悪感を持ち、そのままずっと変えようとしない傾向が強い」
そう、自分の考え方や価値観などは意外に強固で、ほとんど変わることがない。
おまけに、自分の考えや意見を変えることには、何か後ろめたい気持ちもある。
そのため、人はなかなか変わらないし、人生も生活も相変わらずの日々が続く。
でも、自分の先入観を少しでも変えることができたら、新しい世界が開かれる。
そのためには、あらゆる場や機会に、自分が柔軟であろうとする決意が必要だ。
しかし”言うは易く行うは難し”で、固まった自分を実際にほぐすことは至難だ。
カチンカチンになった自分を柔軟に・・・酢でもたくさん飲むしかないか?
それでも、この頃敢えて肝に銘じていることがある。
それは「一歩前へ」だ。”変化”への第一歩だ。
小さな勇気を出してする小さな一歩が、意外に新たな可能性を拓いてくれる。
男子トイレの小便器の前によく貼られている言葉と同じだ。それが気に入っている。




























