今小さな市町村では、決まってひなまつりイベントがある。
街道沿いの空き家の1階のスペースに、お雛様を趣向を凝らして飾っている。
そんな家や会場が何か所かある。観光客はそれらを愛でながら歩く。
そのひな飾りは、家庭にある1セットのひな壇ではない。
1か所でも驚くほどの数があり、10段くらいの階段を作っている所もある。
階段の中には一間くらいの幅があるものもあり、積み上げると凄い数となる。
なぜこんなにお雛さんが大量にあるのか、たくさん集まるのか不思議に思っていた。
そして、全国市町村の至る所でこのイベントが行われていることも不思議だった。
でも、その謎が解けた。
この大量のお雛さんは、全て寄付されたものなのだ。
大量であるということは、それだけ不要になったひな飾りが多いということだ。
人形を捨てることは誰しも抵抗感があるから、ただでも喜んで引き取ってもらう。
旧家のひな飾りは立派だが、後継ぎがなくお家断絶となり寄付されたのだろう。
一般家庭でも、次の世代に女の子が産まれなくなったら要らなくなる。
子どもができない場合、非婚・未婚で次の世代ができない場合も多いだろう。
だから、ひな祭りフェアで大量のひな飾りを見る度に寂しい気持ちになる。
全国津々浦々、現実に少子化がこんなにも急速に進んでしまっているのか!
女の子の健やかな成長を願うお祭りをしようにも、肝心の女の子がいない。
限界集落に置かれている案山子も、こう言っちゃ悪いが、正直に言うと不気味だ。
それらの案山子は田んぼの真ん中ではなく、寄合の場所などに多数置かれている。
つまり、村の昔の賑わいを案山子で散り戻そうとしているのだが、それが哀れだ。
雛祭りフェアの大量のお雛さんや、限界集落の案山子を見る度に悲しくなる。
日本では、女の子もどんどん少なくなり、村人に至ってはかなり消え去っている。
去年の人口動態統計によると、出生数統計を取り始めて以来、過去最少となった。
そしてなんと、推計より15年早く少子化が進行しているという。
日本はどんどん老人の国となり、子どもはますます希少となりまさに宝となる。
その貴重な子どもたちは外に出ないで、部屋に閉じこもってゲームをしている。
”三丁目の夕日”は美しく、過ぎ去った昭和の思い出も、滅びゆくものも美しい。
今の三丁目の路地は閑散として、時折車が通るのみ。子どもの歓声は聴こえない。


