テレビでも新しい映画でも、俳優のしゃべることがよく聞こえない。
ボソボソしゃべりやがって!もっとはっきりしゃべれや!
小さな声で言わなければならない内容のセリフでも、分かるようにしゃべれや!
そう、残念ながらちょっと難聴気味になってしまっている(笑)
家内の言ったことも、よく聞こえないことが多くなってきた。
眉間にしわを寄せて、「エッ~~~!?」と腹立ちまぎれに聞き返すしかない。
でも昔の映画を観ると、俳優はボソボソしゃべってなんかない。
あの小津安二郎の『東京物語』で、沈痛な場面でも台詞はハッキリ聞こえる。
老親が上京して息子夫婦に邪険にされても、深い悲しみの言葉は明瞭に分かる。
想像するに、昔の俳優は台詞をしゃべることも、演技として鍛えられてきたのでは。
自分の所作ばかりでなく、観客に言葉がちゃんと伝わるよう心掛けていたんだろう。
監督も、そうすることを俳優たちに常に求め、俳優もそう練習していたに違いない。
ところが今の監督は、「観客にきちんと伝わる」ことの大切さを意識していないか?
そんなことより「自然な会話」を目指して、ボソボソ言うことを良しとしているか?
録音機器の性能も良くなって、ボソボソ声も一応は拾っているから良しとするのか?
テレビのトレンディドラマでは、おしゃれな俳優が小声でしゃべるのがいいのか?
寅さんみたいに大声でしゃべり、巻き舌で啖呵を切ることがカッコ悪いんだろう。
そう言えば寅さんの声はかん高く、子音の発音がはっきりしてるのでよく分かる。
子ども達や若者も、ボソボソしゃべる奴が多くなっている。
兄弟が少ないし、一人っ子も多いので、周りの大人が何事も忖度してくれるからだ。
昔は兄弟が多かったから、自分で主張しないと家族内でも生き抜いていけなかった。
だから、みんなが小声でボソボソ言うようになったのは、時代の流れでもある。
わざわざはっきりと伝わるような声でしゃべらなくても、仕事でさえ済んでしまう。
オフィスで、一日中パソコンを打っているような仕事ばかりになっているからだ。
第一、声を出して話すこと自体が、仕事や生活の中で確実に少なくなってきている。
独居老人や単身生活者に至っては、何もしゃべらなくても一日が無事過ぎていく。
文明の「進歩」で人々は孤立し、しゃべらなくても充分生きていけるようになった。
人間は言葉を発明し、それを駆使して文明を築き、科学技術も進歩させてきた。
が今人間は、特に音声を使う言葉の駆使に関しては、退化さえしているのでは?
コミュニケーションが大切だと言いながら、コミュニケーション力が衰えている。
こんな時代の流れでは、みんなのボソボソ声や小声を治すことは非常に困難だ。
「もっと、はっきりしゃべれや」と言っても、「補聴器を付けろ」と返ってくる。
なんでも機械でもって解決しようという風潮も気に入らないが、仕方ないのか?
でも、他者にもう少しはっきりと話すことを心がけてもいいんじゃないかと思う。



