京大出身者が、立て続けにノーベル賞を取った。
一番ノーベル賞を取っているのは、多分京大出身者だろう。
なぜ、それができるのか?
京大には変人が多い!というのが、高学歴の人々の間でささやかれている。
でも、変人と思われるような研究者でないと、ノーベル賞級の成果は得れない。
みんなが予想できるような、常識的な研究では、画期的な価値は産まれない。
が、京大にも色々な学生が居り、将来もふつうでただの人で終わる人も多い。
きっとそんな人たちは、入学までの受験勉強で精力を果たしてしまったのだろう。
卒業までの勉強はなんとかやっつけて、後は遊びまくって青春を取り戻す。
今年の坂口さん・北川さんも、学界で懐疑的なことを、頑固一徹に追い続けた。
論文が採用されなかったり、学者の中で孤立し、批判された時期も長かったらしい。
それでも自分の信じた道を歩み続けるというのが、常人ではできないことだ。
では、東大と何が違うのか?入学試験のつまらない偏差値は、東大の方が上だ。
が、東大ではまだ権威が猛威を振るい、独創的な研究をしにくい環境なのだろう。
教授に忖度し迎合する色が濃く、上下関係が研究での自由な発想を潰すのだろう。
日本の学究にとって困った事は、ひと昔前からあった”オーバードクター”の問題だ。
大学院を出て博士号をとっても、なかなかそれにふさわしい就職先が見つからない。
今では、実家がずっと援助できるような境遇でないと、学者として生きられないか?
ぼくは京大を出ていないが、どういうわけかただの変人だ。
画期的な新しい発見も創造もできないのに、なぜか変人であり続けている。
こんな生まれつきのただの変人は、社会の中で生きていくことが大変で辛い。
でもただの変人は、どういうわけか、同じようなただの変人の友だちを見出す。
類は類を呼ぶ…ってことだな。
変人同士で傷をなめ合って、あの世からお迎えが来るまで楽しく生きてやるさ(^_-)-☆
京大出身者だけに、”変人という名誉”を独占させはしない!


